言の葉 二月五日(日)

陽射しの温かささえ感じられた立春の翌日は、また憂うつな冬空に戻り、風も激しく吹いています。

冬の風の強いことは昔からのことで、一時期は暖冬と言われて、年末年始しか知りませんでしたが、風も無く穏やかな日が続いたことがあります。そんな時はかえって下関らしくないと感じられて、違和感をしっかり感じてしまいました。

こちらで暮らすようになってからは冬は冬らしいと感じられましたが、夏は無風の猛暑がやって来て、とても過ごしにくいと感じてしまいました。

違和感というのは、それぞれの人が感じる主観的なものなので、誰もが同じように感じるものではないと思われます。本人もその感じ方は、その時々によって異なると思います。

『医者が「手術は成功した」というのは、医者が治療行為として行った手術がトラブル無く済んだということであって、必ずしも患者が手術前と同じ生活が出来ることを示してはいない。』と、あるネット記事を読んだが、これは本当のことだと、思わず手を打ってしまった。

どんな医者でも、手術を行う医者は、外的侵襲行為を行うわけで、そうすると手術を受ける側には、手術による直接的なダメージに加えて、それぞれの身体状況に応じた副次的なダメージが、多かれ少なかれ生じることは明らかで、それがどのように顕在化するか、その人の自己治癒力によって元に戻るか、医者が言うことは一般論の範囲であって、それが絶対確実なことであるとは言い切れない。

ましてや現代の医者達は、検査結果やガイドラインを振りかざし、自らの知見に基づく判断と言うことは、全く出来ない、しようとしない、わからない医者が数多くいるように思われる。

患者側にも普段の自分の状態を、きっちりと知っておく義務はあると思われわれるし、医者にも主治医というのなら、患者の状態、予後などを総合的に判断する責務はあると思う。

『医者は嘘は言ってはいけないが、必ずしも本当のことを言う必要は無い』と言う話を、かつて聴いたことがあるが、これも医者としての心得のひとつであり、人とかかわる者には汎化され得る言葉だとと思うが、インフォームドコンセントという事を考えると、患者が理解し納得するように診察・面接を行う責務が医者にはあるということだ。

『検査の結果、癌細胞が発見されたので、臓器摘出の手術をします。癌があるんですから!』では、インフォームドコンセントどころではない・・・話を聴いた者は、「だめだこりゃ!」と心の中で叫んだものだ。